作りたいのはコンテンツかサービスか

あなたが作るものは、人を感動させるものですか、時間を節約させるものですか。
あなたが作るものは、人に何を費やしてもらい、何を与えるものですか。そのトレードの中に、時間を計上していますか。人は、他人から見るとつまらないものに時間を使いたがる生き物です。自分にとって大事なことに、沢山の時間を注ぎたがるのです。それを邪魔していませんか。
一日は24時間しかありません。
コンテンツを無数に作り続けることは、人々の限られた24時間というレッドオーシャンで、自分の取り分を増やすために争っているということではありませんか。そこに、自分が作ったサービスのために時間を費やしてもらうことも、同じではありませんか。
必要な時間は存分に費やしてもらうべきです。しかし、不必要な時間を費やさせていませんか。
...
時間を奪うコンテンツと時間を与えるサービス « nia.note
良い文章だなと思った、そして、最近自分で考える事とも共通してる。
「時間を奪うコンテンツ」と「時間を与えるサービス」は善悪の問題ではなく、限られた時間にどう関わるかという部分で性質の異なるものだ。ただ、コンテンツ/サービス提供者としてはどちらもやってみたいと思う。そして、おそらく性分としてどちらかが得意/不得意というのもあるだろう。
(via yager)
この高すぎる自己評価と低すぎる外部評価の落差を埋めるために、多くの人々が呪いの言葉に手を出すようになる。他人が傷つくさまや他人の評価が下がるのを見ることで、溜飲を下げる。でも、一度その方向に踏み出すと、もう止まることができなくなります。