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「美術って、遊びを商売にしているようなものだけど、学校ではそんなに遊んでばかりいると教頭先生に叱られてしまうので、ちょっとは絵を描いてみようか」

とA4のコピー用紙を配る。

「さーて、紙はいきわたったかな?

 それでは、わけた紙にちょっと絵を描いてもらう。これから黒板に書く条件で描いてもらうぞ。」

と、以下を板書する。

  • 画材は何でもいい。鉛筆でもボールペンでもマジックでも、持っているものを適当に使うこと
  • ただし、紙を見てはいけない。下敷きにノート等を使い、机の下で描くこと。

「さあ、条件はこれだけ。とにかく、見ないで描けばいいということだ。

 では、この条件でこれから板書するものを描いてください。

 時間は3分。質問はなし」

と、モチーフを板書する。

  • 皿の上にリンゴがのっているところ

意味わかんねーよ、とか、時間が短すぎて描けねーよ、とかいう文句を聞き流して

「はい、じゃあはじめてー」


「よーし、そろそろ時間だね。はい、では紙を机の上に出してくださーい。

 ちょっと見回らせてもらおうかな・・・・・・」

ニコニコしながら自分で机をまわって、絵を見ていく。全員分をみたところで

「・・・・・・・うんうん、やっぱりねー」


「僕は毎年4月の初めの授業で同じことをやっていますが、今年もやっぱり、でした。では、何がやっぱりなんだと思いますか?」

「ほぼ9割以上の人が、丸い皿の上にリンゴひとつ、それを斜め上から見たところを描いていますね。僕は「皿の上にリンゴがのっているところ」としか書いていませんね。皿の形も、見る角度も、リンゴの個数も指定していません。」

「だいたい、クラスに数人くらい、少ないときは1人か2人は、真横から見たり、四角い皿を描いたり、リンゴを複数描いたりします。切ってウサギを作ったところを描いた人も過去にいましたよ」

「見ないで描けというのは、実は罠です。見ることができないと、かえって「上手く描こう」というほうに意識が向いてしまいます。そのために、美術にとって1番大切なことがおろそかになってしまう。美術にとって1番大事なことは、上手に描くことではないんです。」

「では美術にとって1番大切なことって何か。それは【ものの見方・ものの捉え方】なんです。特に10代のみなさんにとっては【自由にものを見る】ということが大切だと僕は思います。」

「さっきトランプ手品をやりましたよね。手品って、人間の視覚の構造を利用したり、人間の意識の自由を奪って騙すものなんです。」

「当たり前の丸い皿を、当たり前の角度から、とりあえず1つだけ描く。これって、全然自由がありません。上手に描こうということに意識を奪われてしまい、他のことを考えられなくなってしまったから、自由がなくなってしまったんです。皿の上にリンゴがのっているところを描くという、こんなシンプルなことですら、みなさんの自由は簡単に奪われてしまいました。」

「何かに囚われずに考えるとき、人間は自由でいられるんです。みなさんは、囚われずに考えてはじめて人間は自由になる、ということを今は大事にしてください。これは美術に限ったことではありません。数学も英語も国語も物理も歴史も、人間が自由になるために積み上げてきたものだと僕は思います。」

「自分で考えて自由になる、というのはとても気持ちのよいことです。美術というのは、そうした自由がそのまま大事にされます。こういう自由を愛する人は、きっと美術が好きになってくれると思います。」

「本当は、囚われる、ということも美術にとっては大切なことなのですが、それについては10年後にいっしょにお酒を飲むことがあったらお話しますね。」

「それではこれから1年間、僕と付き合ってください。ああ、つまらなかったら授業にでなくてもいいですよ。作品さえ出してくれれば、作品だけで成績をつけますから。しつこくいいますけど、他人の邪魔さえしなければ出席を含めた態度なんてどうでもいいんです」

  8:49 am, reblogged  by junkoarai, [ 2,483 notes ]


「掃除機を買いたい」
「どんな掃除機がほしいですか? 機能は? 価格は?」

 このガイド方法は悪い例だ。「掃除機が欲しい」と漠然と考えている人(ニーズ)に、機能や価格といったウォンツ要素を質問しても、かみ合わない。

「掃除機を買いたい」
「部屋の広さは? 床の素材は?」

 利用シーンを訪問者に想像してもらい、機種を絞り込んでいく方法がニーズをウォンツにするための大切な手法だ、と解説した。

  12:35 pm, reblogged  by junkoarai, [ 3,170 notes ]


Q.日本人は物事を白黒つけるのが下手だと思いますか?

・思う 21%
・思わない 7%
・どちらともいえない 72%
  9:52 pm, reblogged  by junkoarai, [ 1,505 notes ]


むしろ、コンテンツから日本人が見えてくる。たとえば、昨年映画化された『宇宙兄弟』や『テルマエ・ロマエ』などの人気コミックがあるわけですけど。これのファン層を集計してみると、女性を中心に20代、30代から50代まで、大きなふくらみを持ったカーブを描きます。

マーケティングの世界では、F1が女性20〜34歳、F2が35歳から49歳、F3で50歳以上とやっていますよね。あるいは、もう少し細かなプロフィールでも消費者を見ますけど、そのくらいだと、この2作のファン層は「ぜんぶ」ということになっちゃう。ところが、実際にはこうした作品のファン層って、たぶん頭もよくて、あるセンスやユーモア感があってと、その人のライフスタイルや消費に結びつく括りになるんですね。

つまり、商品やサービスを設計したりするときに、コンテンツで人を切ったほうが話が分かりやすくなってきている部分があると思います。もう一段うちのデータで踏み込んでいくと『宇宙兄弟』のほうは、20代に明確なクラスタがプラスされていてTwitterなんかをよく使っている。実際、映画の興行収入とは逆にソーシャル上では『宇宙兄弟』のほうが盛り上がっていましたね。

  10:05 am, reblogged  by junkoarai, [ 203 notes ]


フリーのカメラマンやってるんだが、市の依頼で夏休みのキャンプ場の撮影の仕事があった。
キャンプ場に行き、広く見渡せる小高い所にある屋根付きのベンチで
必要なカットの確認とカメラの準備をしていたら
小学5~6年の男の子がジーッとこちらを見ていた。

カメラに興味があるのかな?と思い、試し撮りをやっていた時に
「撮ってみる?」と話しかけるとニコニコしながらうんうんと頷いた。
ピントのあわせ方とシャッターくらいしか教えてないけど、綺麗な写真が撮れていた。

それから撮影をやってその日は帰ったんだが、数日後にキャンプ場の管理室に数枚の写真を届けに行き、
隣接している小さい店でところてんを食べていたら肩を叩かれ、振り向くとあの時の子がいた。
偶然だけど、その子が撮ったあの時の写真も印刷していて車の中にあったからそれをその子に渡した。

その子がお店の女性とカウンター越しに何やら話しているんだけど、
それは手話だったので俺には分からなかった。
すぐにその女性がやってきて感謝された。その子の母親だったらしい。

その子が母親経由(手話)で俺に「今日もカメラあるの?」と聞いてきたので、
「あるよー。またその辺を撮りにいく?」と聴くと満面の笑みでうんうんと頷いた。

それからいろんな所を撮り回って、当然だけど最初はその子が何を言おうとしているのかは
分からなかった。でも徐々になんとなく聞き取れるようになってきた。
しっかり聞こうとすれば分かるもんだなー、と思っていたらそうじゃなかった。

その子がだんだんと上手に発音できるようになってきていたみたいで。
普通、とまではいかないが難なくいろんな会話が出来て、色んな写真を撮りまたお店に戻った。
そこでも撮った写真を見ながらまた話をしていたら、母親がやってきて号泣。
母親も喋っているその子に驚いたらしくて、握手までされての大号泣。

少しだけ話を聞いたんだけど、俺はてっきり先天性のものかと思っていたから俺も驚いた。
2年くらい前から突然喋らなくなったんだと。

更に昨日、その子から電話がかかってきた。(母親に名刺を渡していたので)
あの時撮った写真が夏休みの作品で賞をとったらしく、地元誌に掲載されていた。
その報告は電話越しでもはっきりと分かったので、めちゃくちゃ嬉しかった。
人生何が起きるかわからんなーと思った。

  12:16 pm, reblogged  by junkoarai, [ 1,744 notes ]


アメリカとソ連のパイロットも領空侵犯の時にあまりにも会うから顔見知りになってしまった
ある日ソ連のパイロットがいつものように領空侵犯に来たらしいがアメリカ側のパイロットは病欠でシフトが替わって違うやつが来てた。そしたらソ連のパイロットはアメリカのパイロットの顔を確認するなり無線で「今日はアイツ休みなの?」とか聞いてきたらしい
  2:03 pm, reblogged  by junkoarai, [ 825 notes ]


  9:00 am, reblogged  by junkoarai, [ 1,437 notes ]


地方の若者の利用するSNSのつながりは「同級生単位」である。つまりは、趣味縁とか、多様な外向きのつながりのための活用ではなく、クラスの同級生とのつながりを電子空間に拡張するのが地方のガラケー型の中高生や若者ネット利用の特徴である。彼らのツイッターのフォロワーはほとんどすべてが高校や中学時代以前の同級生である。彼らにとっては「インターネットで見る世界」はすべてが、地元の生活空間と同一なのである。
  8:59 am, reblogged  by junkoarai, [ 103 notes ]


さて、話は1996年のことだから、今からすでに12年近く前のことになる。

僕はある国立大学の工学系大学院修士課程を卒業したばかりで、生意気だった。当時、少林寺拳法三段をとったばかりだったし、体力的にも知力的にも僕が最も充実していた時期だ。

僕は通称「ミカカ」で知られる通信会社に採用され、フレームリレー交換機開発に回された。

正直に言って面白くなかった。1996年当時すでにフレームリレー交換機は時代遅れだったのだ。さらに面白くなかったのは、着任直後に少し禿げかかった風采の上がらないおじさんの下に付けられたことだ。その人の名は西嶋さんといった*1。

「よし、お前、来い」

西嶋さんは僕を呼んだ。僕を呼ぶ時には「お前」か「矢野」と呼び捨てだった。それも気に食わなかった。

「いいか、ここにある架は、大阪だ。そして、向こうにあるのが東京。そして、名古屋、福岡だ。いいか?」

職場にはフレームリレー交換機を開発するための部屋があり、そこには4台の交換機が置いてあった。そして、名前は東京、大阪、名古屋、福岡。実際にその四都市にある交換機と同じものが職場の開発室に備え付けられており、24時間轟音を立てながら動いていた。

「いいか、FHM(これがその交換機の開発名)は、0系と1系からなっている。こっち半分が0系。反対側が1系だ。普段は0系が動いているが、トラブルが起こるとそれが1系に切り替わる。お前、フォンノイマン型コンピュータのことは分かるか?」

「分かります」

「じゃあ、そこを見てみろ。コンピュータでいうところのバスに相当する部分だ。交換機ではスイッチと呼ぶ」

そして、西嶋さんは交換機にもCPUがあること。CPUがデータの処理をしているという意味ではコンピュータと同じ仕組みであることなどを分かりやすく教えてくれた。

僕はいつの間にかその風采の上がらないおじさんの言葉に熱心に聞き入っていた。

「よし。矢野。この下のモジュールを抜いてみろ」

「え?いいんですか?」

「つべこべ言わずにやりゃいいんだよ」

僕はあわてて、交換機の下の方のモジュールを力任せに引き抜いた。

その瞬間に眠っていたはずの交換機の1系の前面に無数についた発光ダイオードが一斉に点滅した。

そして、カチカチと音を立てながら・・・瞬時に0系の電源が切れ、そして1系に切り替わった。

その時間はほんの1秒か2秒。交換機につながった操作用端末を覗き込んで、何事もなくデータが流れ続けるのを僕は確認した。

「おい、矢野。この交換機のOSは何だと思う?」

「ええーっとUNIX?」

「馬鹿かお前は。UNIXなんて不安定なOSの訳ないだろ」

そう言って西嶋さんは部屋の隅の金属製の本棚のドア(それも金属製だった)をガラガラと音を立てて開けた。

「こいつはな、TRONで動いている。正式にはCTRONという。時間あるときに読んでおけ」

指をさした先にはCTRONの仕様書が並んでいた。僕の記憶では確か全部で15巻。本棚の一角を仕様書が占拠していた。

とにかく西嶋さんはその交換機のことなら何でもよく知っていた。ハードウェア構成のことからソフトウェアの仕様まで。TRONのことも詳しかった。TRONの中心にはカーネルがあること。その周りにはEOSというOSを拡張する部分があること。その上にAPLというソフトウェアが走っていること。なぜそんな風になっているのかなどなど・・・とにかく理詰めでそれらのことを良く理解していた。

それから僕は毎日、西嶋さんの金魚のフンのようにずっと彼の後ろを歩くようになった。西嶋さんがしゃべることは何でもメモした。時には西嶋さん自身がうんざりした顔で、「おまえなぁ、そんなことまでメモしなくていいんだよ」というほどに。

年が明けて、2月になったばかりのころだ。西嶋さんに辞令が下りた。故郷のある支店に戻るという。

「西嶋さん、こんなに早くいなくなるのはずるいですよ」

僕は言った。

「そうか?矢野に教えるべきことはほとんど教えたけどな」

と彼は言った。

そして、西嶋さんがあと数日で故郷に帰ってしまうというとき、僕らは二人でお別れ会代わりにちょっと飲みに行った。

でも、話題は交換機のことばかり。僕が担当している複雑なモジュールの仕様の決め方や来週から始まる新しい通信テストの設定の仕方、一緒に働くメーカー担当者相手にどう接したらいいかなどなど・・・

それらの質問に西嶋さんは丁寧に、時にはじっくりと考えてから的確にアドバイスをくれた。僕が何でも質問するので、最後に西嶋さんは少し呆れたように言った。

「いいか。矢野。交換機に限らず、ネットワークのことはな。理詰めで考えろ。切れた時には必ず切れた場所がある。理詰めで考えていけば必ず見つかる。心配するな」

僕はふと疑問に思った。そして、そのまま口に出した。

「西嶋さんって、どこ大学の卒業でしたっけ?」

そう言えばまだ聞いていなかった。西嶋さんほどの人だ。東大工学部だろうか?理学部?いやいや京大ってことも考えられるぞ。

西嶋さんがじっと僕を見た。

「矢野、俺は高卒なんだよ。」

その目は今でも忘れられない。

その日から僕は学歴のことを気にしなくなった。相手がどんな学歴を持っていようと気にならなくなったし、自分の学歴を自慢げに他人にしゃべることもなくなった。

だって、そうさ。そんなことには何の価値もないんだ。少なくともあの瞬間から僕にとっては。

...

僕が交換機を作っていた頃 - ハリ・セルダンになりたくて (via in-the-sea)

「ノイマン型コンピュータのことは知っているか」っていう台詞はSF映画っぽくていいな 96年だったらもうとっくに常識だったと思うが

(via shi3z)

  7:18 pm, reblogged  by junkoarai, [ 1,934 notes ]


意思のある人は、常に「次に何をしようか」と考えている。これは、現実のことしか考えていないということではない。小説を読んでも、「今日は元気をもらった。よし、明日からまたがんばろう」などと思う。すべてが最終的には「〜しよう」に結びつく。

意思のない人は、常に「次に何をしなければならないか」を考えている。そして、そこから逃げることを考えている。最終的には「〜しなくてもいい」に結びつく。

意思のない人は、「知らないから仕方がない」「できないから仕方がない」と威張って言う。これによって「しなければならない」を「しなくてもいい」に変えることができるからだ。本当は、こんなことは威張って言うことじゃない。「知らないから知りたい」「できないからできるようになりたい」と思わないとおかしい。

意思のある人間は何を言われようと常に自分で選択する。「相手の言うことを無視する」という選択肢を常に持っている。これが、意思のない人にはわからない。意思のない人は懸命に「しなくてもいい」を主張するが、意思のある人間にとっては、この言葉の意味がわからない。

「○○しなければならない」は「××したいのなら○○しなければならないが、××したくないなら○○しなくてよい」と同義である。つまり、「しなければならない」と「しなくてもいい」を分離することはできないのである。「しなければならない」か「しなくてもいい」かは、「××したい」かどうかで決める。「××したい」かどうかは自分で決めることである以上、しなければならないか、しなくてもいいのかは自分で決めることである。そして、人によって違うものである。

「○○しなければならない」とか「○○しなくてもいい」と言う時には、その前提である「××したいのなら」をきちんと読み取らないと、話がおかしくなる。この前提は、やった時にどうなるか、やらなかった時にどうなるかを比べれば、わざわざ言わなくてもすぐわかることだ。しかし、意思のない人は「××したい」を考える癖がないため、それを考えることを思いつかない。

自分の行動は自分で決める。自分以外に、自分の行動を決められる者はいない。これは誰が何と言おうと事実であり、変わることはない。問題は、それに気がついているかいないかである。

  7:14 pm, reblogged  by junkoarai, [ 752 notes ]